2016年2月13日土曜日

HONDA MONKEY モンキー

年末に
32年前の 私の可愛いモンキーのタイヤとブレーキシューの交換をしました。
おそらく、このモンキーにとって生まれて初めてのタイヤとブレーキシューの交換に
なるので 記録の意味で記します。


ちょっとだけ モンキーストーリーを振り返ってみたくなりました。

1961年 
モータースポーツ復興とバイクユーザーの底辺をテーマにした
モンキーの誕生は 子供向けアトラクション用でした。
あくまでも 遊技場限定のものでした。

1963年
遊戯用の最初のモンキーが登場し 予想外の反響を受け
イギリスより大量のオーダーを受けるのですが、
非公道車としての完全手作りのファンビークルなので
先のことを考えると量産体制は出来きません。
この型は4,5ps/9500rpm 歴代モンキーで最もパワフルです。
英国へ輸出されたモンキーは その後欧州各地へと渡り
アメリカ人の目に留まり ここから大量のオーダーが舞い込んでくる訳です。
あくまでも 子供用ですね

1967年
アメリカからの要望で クルマで運べるような工夫が成されてきます。
折りたためるハンドルやブリーザー閉開式タンクキャップやシート折り畳み機構…
エンジンも OHVからOHCへと
4.8ps/10000rpm から 2.5ps/6000rpmへとディチューンされ
量産化が始まります。
前後ともフレーム直のリジットの足回りですね。
この 5インチホィールの 前後ともリジットモンキーは 
今ではプレミアムもんですね。通称Z50M

その後
1969年には5インチホィールから8インチホィールへ変更され 
フロントのみサスペーションが装備されます。
また、ウィンカーを装備するためバッテリーをシート下に設置
よって、シート折り畳み機構は廃止されます。

1970年代になると この「ミニ&レジャーバイク}というカテゴリーが出来、
他メーカーも続々と このカテゴリーのバイクをデビューさせます。
そして 1974年にモンキーはフレームを一新し リアサスペーションを装備した
現行モデルに近い形になりました。Z50J

ここまで…RIDE97より… 要約 (RIDE97にはもっと詳細に記してあります)


この当時位から バイクに乗っていたのですが、
4ストモンキーやダックスに対して 他メーカーは2ストですので
パワーじゃ 2ストに太刀打ちできなかったことを良く覚えています。
特に ヤマハのFT50 その後GT50 俗称ミニトレなどは 凄く人気がありました。
これが 良く走るのです。



この手のミニバイクでカワサキだけが90ccでした。
確か MS90 … 乗ったことがあるのですが、ミニバイクで 
これ反則だろと思うほど 良く走るという記憶があります。

前置きが長くなりましたが、
私の愛車 モンキーのタイヤ交換をしました。
いつかしなければと思いつつ
タイヤ表面が 硬化を通り過ぎ劣化の域に達していた状態から
2000km余り走っていました。
ここまでタイヤが劣化すると
表面がプラスチックのようになり 減らないんですねぇー。


1984年 Z50J-1
ゴールドリミテッド 4速マニュアルクラッチ
あるバイク屋の薄暗い棚の上で10数年
私がちょっとしたきっかけで引き取って10数年放置
あちこち腐食が発生 エアークリーナー粉末状態
  このままじゃ腐ると思い ナンバー取得して下駄替わりとして使用しています。

皆がカスタムしてみたくなるのも良く分かります。
フレームも弱いし パワーも無いし サスペーションなどスプリングのみ
でも ノーマルのスタイルが一番好きです。

32年前のタイヤ ひび割れ
新しいタイヤも キャラメルブロックです。 そのイメージしかありません。
だって、このスタイルだもん…。十分



とっても可愛いのです…。
乗っても とっても楽しい

この冬の寒い時期も チョークを引かずスロットルも開けず 
キック一発でエンジンが始動します。
Fスプロケット1丁増やしていますが どノーマルです。
いつも、全開です。

タイヤ交換やチューブ交換やパンク修理に関して

合わせのホィールなので 作業は簡単なのですが、
ハブを外すボルト4本 合わせホィールを割るためにさらにボルト4本
リアホィールに至っては スプロケット3本のボルトを外さないと 
ハブのボルトが外せません。パンクしたら面倒臭い構造です。

守るべきこと

空気圧は絶対に規定値を守った方が良いです。
確か1,2kgfで低いのですが、絶対厳守です。
圧が高すぎると 合わせホィールが開き
接合ボルト部分のホィール内側が 富士山のように盛り上がり
組む時に叩いて修復する羽目になります。


ひたすら 大排気量車しか見ていなかった頃の原付小僧時代
全盛だった このような愉快なバイクたち
今 こうして 乗ってみると 
やはり 愉快だな と 改めて思う今日この頃です。







2016年1月16日土曜日

Japanese original foods 


美食家で無いので 特に食べ物に拘る方ではありません。
少々賞味期限が切れていても
お腹を壊さなければ良しとしています。
ただし
お魚は ナマナマの新鮮な獲れたてに限ります。


海上屋台です。

ここ、前回来たとき ジェットスキーが直接横づけして 食事してました。


カワサキ=漢(オトコ) というわけではありませんが、

おとこめし という 料理です。
飯の上に新鮮な生のお魚が乗っております。 ゴマダレをかけて頂きます。
半分ぐらい頂いたら 添えてこられた だし汁を かけ お茶漬けにして食します。
一度で二度楽しむという感覚でしょうか…。


鮪(マグロ)のユッケ と ブリの胡麻和え(ごまあえ)
大変 美味しゅうございました。



普通の海鮮丼です これに味噌汁がついて900円台でした。




刺身定食です。
ま、アジ 鮪 イカ ブリ ですかね


この浮き店の下には美味しそうな食材がぶら下がっています。

実に綺麗な海です。

観光客や行楽客が多い場所でも無く
小さな漁師町です。

新鮮な魚がリーズナブルな料金で食べれます。



2016年1月15日金曜日

ナナハン



「お、ナナハン だ。」

まだまだ、原付免許取り立てで
HONDAの CB750 four
SUZUKIの GT750 
KAWASAKIの 750ss やら RS750(ZⅡ)
を 羨望の眼差しで眺めていたハナタレ小僧の頃 。

当時、
国内では規制により 販売できる最大排気量のバイクでした。



1969年 先陣を切ったのが HONDA DREAM CB750fourです。
空冷4気筒SOHCというエンジンを市販車としてデビューさせた訳ですから
世界は度肝を抜かれたことだろうと思います。
俗称K0ですね。

まさに 日本生まれの元祖 いや 4気筒エンジン市販二輪の元祖が
日本製ナナハンであり
日本が世界に向け開拓しながら、4気筒というカテゴリーを定着させた
日本製バイクのステータスと言っても良いかもしれません。

当時
横置き並列4気筒で輝かしい戦績のある イタリアレース界の名門 
MV AGUSUTA 750sなど 海外勢の出現もありましたが、


カッコ良い?? いくらレース仕様エンジンと言っても
 当時 質感からすると 今より高価格感があったことでしょう。
ハイパワー DOHC ハイプライス シャフトドライブ車ですね。
レース用キャブなので アイドリングなどしないように感じます。



綺麗にレストアされてますね… Good sound 

世界マーケットは正直でした。
公道専用に生産されたHONDAには敵わず
その後
HONDAはCB500 four 
さらに 
CB350 four まで 普通の人でも手が届くという 
コンセプトで生産を始めます…。


それからすぐ
KAWASAKIが海外輸出仕様として DOHC4気筒 Z900をデビューさせ
その1年後に 国内仕様RS750(ZⅡ)の市販体制に入ります
その後 SUZUKI YAMAHA と 
それぞれ個性的な4スト並列 3気筒や 4気筒バイクを次々とデビューさせます。
SUZUKI は GT750(水冷2スト3気筒) その後 GS750
YMAHAは TX750(バーチカルの2気筒) その後 GX750(シャフト駆動3気筒)

もう、この頃から 日本製バイクは世界を凌駕し始めます


世界のバイクメーカーは それぞれの伝統があります。

フラット ツインは BMW
縦置きVツインは モトグッチ
Vツインは ハーレー
90度Vツインは ドゥカティー
バーチカルツインは トライアンフやノートン
並列4気筒 レース界での名門 MVアグスタ


日本製バイクは 海外製バイクの模倣から始まっていますが、
それを さらに磨きをかけ
より 高いクォリティーを目指していたのでしょう。

ま、今では
諸外国車も日本車に似たようなところもあるし 痛み分けですかね

戦争中に飛行機を作っていた訳でも無く
戦前から
楽器製造企業という母体があった訳でも無く
織物機を製造する会社が母体という訳でも無く

戦後の荒廃した中 二輪製造のため設立された
小さな会社が 
20年も経たず世界に挑み
1964年 すでに HONDAは250ccでDOHC並列6気筒エンジンを
開発しています。
つくづく恐ろしいメーカーだと 改めて思います。

無論、ずっと以前に多気筒エンジンを積んだ二輪は海外にもありました。



あまり、普及されるにおよばなかったようです。

日本製のバイクも 陸王などの
大型車は 海外バイクのライセンス車が多かったようですね。



このようなことを 考えると
今現在 一般的になった
公道専用インラインフォーエンジンを搭載したネイキッドが
 ジャパニーズオリジナルを位置づけることとなり
その元祖が ナナハン と 呼ばれていた2輪だったのだと
改めて思います。

年明け早々
CB750four 最終型RC42 と ご一緒させていただく機会があり
今まで気に止めていなかった車種を 改めて見ると
インラインフォーのエンジンフィン エンジンから延びるメッキ仕様の美しいエキパイ
や大きなテールランプにウィンカー 等 郷愁を感じます。

1970年代 は Kシリーズ
1980年代は 少し経緯はありますが F から 
CBXシリーズ(CBX650や400や750)
1990年代は 最終型 RC42

CB750 空冷4気筒 モデル 
排ガス規制などクリアは厳しく
2008年で生産終了となり
CB750fourは ここで 幕引きとなります。

もちろん、HONDAは 4ストV型四気筒750cc RC30など
この間 超高性能車を限定販売などで 世に送り出しています。

ナナハンという言葉は バイクに乗らない人たちも知ってるほど
ブームを巻き起こしました。

新年早々「良いバイク」「ジャパニーズオリジナル」という表現が似合う
ナナハンという称号に相応しい RC42 と  ご一緒出来て
大変 良い時間が過ごせたことを 感謝します。

(上の画像は この時 少し乗せてもらったものです。
タイトな山岳路 特にヘアピンが続くようなフィールドにおいて
このマイルドな吹け上がりは とても高いポテンシャルを発揮し
旋回中も遠慮無くスロットルを開けることが出来、
程良い リアタイヤのトラクションはバンク角を稼ぎ
スムーズ かつ 気持ち良くコーナーを抜け 次々と迫る
コーナーへ楽に対応できます…良いバイクですね。)

教習車両として使われているそうですね。
知りませんでした。


私がハナタレ坊主(高校生)だった頃の 大型自動二輪試験車は 
SUZUKI GT380(ジャパンオリジナル2スト空冷3気筒)でした。
ヘルメット持参に学生服着て試験受けに行ってました。

昭和の良き時代です。

年月が経つのは 早いものです。

歳食った自分自身を改めて自覚しないといけませんね。



2016年1月12日火曜日

2016年が始まる

大晦日 年越しそば
年明け 正月 初詣
七草粥
鏡開き

と 一連の儀式もほぼ終了

家族全員で無事に 笑顔で年を越せたこと
バイクに乗せていただき 
好きなことをしている亭主に寛容な対応をしてくれている家族たち

ともに 感謝


年越しそば 妻の手作り
友人から頂いた
自然薯をおろし天ぷらにしてくれた具が入ってました。

雑煮
ブリを焼き これに乗せます
このとき 妻が入れ忘れ 誰も気付かず食べてしまいました。


お節
市販のお節に 妻の手作りの料理がセットされます
どうせ、全部食べ切れないのですが お正月の流儀なので

日本の年越しですね

大晦日と元日は必ず家族全員で過ごし、 
元日はささやかながら宴をとりおこないます。
そして 全員で近所の神社へ初詣

正月でも仕事をしている人たちは沢山いることでしょう。
そのような方々にも感謝…。

ホントは 家族で温泉宿で過ごし 料理も宿任せで楽をさせてあげたいのですが、

私がバイクに乗らなければ 年間の維持費でその程度の費用は簡単にでるんですけどね…

バイク好きが 「家族を大事に…」 とか
妻の許しを請うとか たぶん嘘ですし
嘘じゃないとしても 妻側からすると許してやらないと亭主の機嫌が悪くなるから
または、バイクを与えておけば、手も掛からず楽だと思っているのかもしれません。
自分では家族のために十分にやってるなんてのも独りよがり的なポーズであり

欲しけりゃ 子供がダダをこねるように車両を買うし
走りたきゃ走り 
高いパーツを購入するのが バイク乗り なのです。


もし、私が次の機種を買うとしたら 
事後報告というか たぶん こうなるでしょう。

妻 「何、これ?」

私「うん、 ………さん から借りてる。」

それが、何年経過したとしても

妻はバイクの世界を知らないだけに 
いや どちらかというと 
この寒いのに…とか 危ないのに…とか ひとりしか乗れないのに…とか で
やっぱり男は馬鹿ね とか言って
バイク乗りを馬鹿にしているので

「やっぱり、馬鹿たちのやることは分からんなぁー」で 

終了だと思います

特に子育て中の
女性は目一杯 現実の中で生きているわけですから
至極 当然の話です。また、そうじゃないとおかしいのです。

バイク乗り = 馬鹿 

この定義 私も当たっていると思います。



もし、私がバイクに乗ってなかったら 
バイク乗りの人と会っても 「気持ち良さそうですね…」
とか 心にもない社交辞令で接しているかも知れません。

昔、妻がバイクの後ろに乗りたいと言ったので、乗せたことがあるのですが、
そりゃー、4輪に比べれば苦痛です。
後ろに二度と乗ることはありませんでした。


正月2日目からは 家族たちは隣県 大分まで 5日ほど骨休めに向かいます。
家内の運転するクルマを見送りながら 心の中で解放感を楽しみます。

その間 私は一人なのですが、自由時間になります。


新年3日目の宇佐神宮
正月三が日 昼間はすごい人出なのですが、
夜は 静まり返っています。

正月3日目は 家族たちが居る隣県まで 初走りを兼ねバイクで一っ走り

暦の関係上 4日は仕事始めで 日帰りです。
道中はバイクなのでさほど 苦にはなりません。

とりあえず 

今年も良き年になりますように。







2015年12月23日水曜日

冬日








走るには
どちらかというと 夏日より冬日の方が好きです…
極端な話 酷暑より厳寒の方が好きです…


ソロで走っていても 偶然に 朝駆けの仲間と遭遇します…

「旧道はどうでしたぁー?(凍結していたかどうか)」
と聞かれて

「いやぁー 全然。 ドライでしたよ…」

冬走りの会話ですね…






2015年10月13日火曜日

BRIDGESTONE ブリヂストン :BATTLAX S20EVO タイヤ交換

タイヤを交換記録のために

走行距離 約83935km… 

タイヤの品名は

BRIDGESTONEブリヂストンのBATTLAX HYPER SPORT S20EVO

サイズは 
190/50
120/70


パイロットパワー2ctからの交換です。

パイロットパワーに比べると 太く感じます。

今まで、ピレリ やら ミシュラン やら
特に ミシュラン パイロットパワー を圧倒的に多く履かせてきました。
たまに プライス次第で ミシュラン パイロットピュアという感じでした。

公道しか走らないし、下手なので タイヤ どうこうなど 関係無いのですが、
減れば変えなければいけません。

ミシュランのパワーやピュアは タイヤセンターが やや 尖がっていたので
気分転換に ゴロンとしたタイヤを選んでしまいました。

12Rでは 初めての国産タイヤになります。

まだ、フロントには髭が残っており、100kmも走ってないので、よく分かりませんが
とても 剛性があり 速度を出しても安心感があるようです…。

あとは ライフの問題なのですが
ミシュのパワーが大体5000km 持って6000kmだったので
比較してみたいと思っています…。


タイヤ交換後 夜の山岳路が帰路だったのですが、
やはり 新品タイヤを装着すると 良い感じですねぇー

少々の速度でも微動だにしないぐらい安定しています。
おそらく、超高速域では凄い性能を発揮しそうな感じがします。

(パイロットパワーに比べると落ち着き感があって安心できるのですが
切り替えしとか少し重いような気もしました…。)

慣れます。


補足記録

10月5日 12Rの車検でした
足回りのオーバーホールをして間もないし 灯火類も問題無いようですが
カウルやライトユニットを外しているので光軸はピシッと合わせないといけません。
ユーザー車検での持ち込みを、2回ほどしたことがあるのすが
前回は 光軸合わせと ブレーキスイッチの不良で 車検場近くのバイク屋さんで
光軸を合わせてもらったり このバイクを購入したレッドバロンまで行って
ブレーキスイッチを分けてもらい、とても手間が掛かりました。

今回 私自身公私ともに忙しく時間に余裕が無く
 安く引き受けてくれたので
知り合いのバイク屋さんに お願いしました。…
 
バイク屋さんに渡す時点での走行距離 83830km台
バイク屋さんが自走での車検場まで おそらく車検場到達時点で83850km弱位でしょうか
ほぼガス満タンでバイク屋さんにお預けし 
戻された時の走行距離は 83870km弱でした。
その後 タイヤ交換のため山越えで軽く流し隣県まで。
車検のために燃料消費したのか 燃費が…7.9km/Lでした。
過去最悪の燃費を記録したようです…。
ま、燃費を気にしてたら、乗っちゃいられない車種ですけどね。

普段は 
山を流して13~14km/L
朝駆けで12~13km/L
長距離で エコ走りして15km/L台というところです。
その都度 燃費は記録しているのですが… 
バイクも古いので 今後燃費を少し注視したいと思います。

補足 過去タイヤ
パイロットパワー 及び ピュアを装着した時の画像と印象
パイロット パワー 
パワー2ctはとてもゴム質が柔らかく 今だ販売されている息の長いタイヤです。
当初は ツーコンパウンドではありませんでした。
その後 エッジ部分のほんの少しだけ
コンパウンドが違う2CTが発売されました。
個人的には 2コンパウンドは不要のような気がします。 
ライフ終了寸前まで ハンドリングの切れ込みは少なく
とても 軽くバイクを倒すことが出来ます。、
剛性感に少し欠けているらしいのですが
素人の私には そこまでは分かりません。


パイロット ピュア の場合


パイロット ピュア は 2コンパウンドの割合が片面均等に近く
少し走っただけで サイド部分がベタベタになります。
どんな人が乗っても エッジまで安心して倒せると思います。
これは 過去2回ほど履きましたが、
市場では あまり 人気が無いようでした…。
ピュアは縦に溝があるので 路面の小さな縦溝やウネリにハンドルを取られるような
感覚は あるものの そのタイヤの路面に対する食い付きは良く
個人的には嫌いではありませんでした。
欠点と言えば
ライフそのものは パイロットパワーより長いとは思われますが、
フロント側の減りが リアに比べると早く
3000㎞も走ったら ステアリングの切れ込みは激しくなってきます…。
ただ、タイヤそのものの重量がとても軽く
パイロットパワーより 後輪だけで500gほど軽いので
バイクそのものが軽くなったような気がしました。



他は 
ピレリのディアブロスポーツなど着けましたが12Rとの相性は悪かったです。

パイロット ロード2というタイヤを着けたこともあるのですが、
ツーリングに振ったタイヤだけあって
ライフが長く 凄く良いイメージが残ってます。
最近、復活して再生産されているようです…。




2015年9月28日月曜日

ZX12R 走行距離


季節は すっかり秋になりましたが、
まだ、まだ、陽射しは強く
日陰を探したくなる 今日この頃です。






ここのところ
自転車や原付で遊んだり、他のバイクに乗せてもらったり
12Rに乗る頻度が少なく 距離もそう伸びてませんが、

12Rはとても元気です…。

そして 近場の山岳地帯は 
自転車 小型大型バイク トリシティー(3輪車)までがワィンディングロードを楽しみ
 とても平和です。
美味い空気に ヒンヤリした山のイオンは 身体を癒してくれます。
この日は 150kmほど軽く流してきました。

山を下りた所にある コンビニで アイスコーヒーを頂きます。
とても 旨い … 150円なんですけどね。

平野にある この場所から山岳地帯に目をやれば
山々の尾根と青い空のコントラストがとても綺麗です。
この山々の道を 朝駆けメンバーと ご一緒させて頂いた当初
こんな道があったんだ ここに抜けるんだと … 近場でありながら
初めて知る抜け道や林道を楽しんでいた頃が 走馬灯のように頭を駆け巡ります…。 
もう、この広大な山岳地帯の路という路は 行き止まりを含め
走り尽くしたようです…。

さて、次は 大分 熊本 です
他県の山岳地帯も 大抵 朝駆けメンバーとご一緒しましたが、
路面状況が素晴らしい抜け道のオンパレードでした…。
ソロでトレース出来るかどうか…


向こうの日陰に駐車している 12Rが
 
「 まだ まだ 走り足りない」…

とは言っていませんが、そんな風に見えました…。