終戦の日 75回目
日本 そして 他国も含めこの大戦で
亡くなった 多くの人たちに合掌…
静かに
戦没者を追悼し
尊い犠牲の上に今の日本が存在しているということを
胸に刻みたいと思います…
この画像は内容とは関係ありません お墓参りの 出先にて スマホでパチリ… |
終戦の日に 何があったのか簡単に…
この前日に 日本政府はポツダム宣言の受理を決定し
翌 8月15日正午 天皇陛下自ら
御放送(録音)によってポツダム受理(敗戦)を国民に伝えたという日だ…。
一般的に玉音放送というものだ…。
果たして これが終戦の日なのか…と異論を唱える歴史好きも居る
なぜなら ポツダム宣言受理の意思を示した後も
中国大陸 東南アジア 北方北海道 等 で
多くの日本人は ソ連 中国の攻撃 で亡くなっているからだ
まして この後も シベリア抑留で強制労働を強いられた日本人は沢山居る
9月2日の降伏文書調印式が終戦じゃないのか
とか
その6年後の サンフランシスコでの講和条約で終戦だろう
という
様々な論議があるようだ。
戦争を感情論で済ますのではなく
時系列に 歴史の紐を解き
不謹慎かもしれないが、
当時を想像してみたくなるのは
今日が終戦の日だからなのかもしれない…。
仮に75年前の今日まで遡ったとして
当時の日本人は …
天皇陛下の御放送を どんな気持ちで聞いていたのだろうか…
とても想像に想像が膨らみ妄想を描いてしまう…。
多分
この日の正午きっかりには 日本中全国民が静まり返っていたはずだ。
戦いに殉じ死ぬつもりだった人々も居ただろう
虚無の境地 うつろな状態に陥った人々も居ただろう
敗戦の御放送だと想像していた人も居ただろう
勝ち負け問わず 戦争が終わりホッとした人も居ただろう
送り出した 我が子の安否を心配している親も居ただろう
戦死した夫や我が子を思う人も居ただろう
家を焼かれ親を亡くし路頭に迷っている子供たちも居ただろう
国民をこれ以上死なせる訳にはいかない
「身はいかならむとも」…と
天皇陛下が自らの命を差し出す覚悟を決断し
対して
現御神である天皇の御馬前で殉ずることが至高の誠だと
信じて疑わない国民
この 日本人独特の思いの関係が
この戦争を境に 戦前と戦後では変わってしまったようだ…。
戦後 飽食の時代に育った身としては
誤解を招くかもしれないが、
正直 天皇陛下を現御神とまでは感じれない…し
天皇の御馬前で殉ずることが至高の誠 なのか と問われると
大変 困ってしまう。
日本も国民も変わってしまったのは
GHQの占領政策や戦勝国らの影響も多分にある…。
ただ、
当時を想像しながら
今の日本を考えると この 敗戦 の意味とは何だったのか…
そんなことを 今日という日だけ考えてみるのも悪くないと思う…。
是でも無く非でも無く…。
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